7. 結核
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1. 結核とは
結核菌は抗酸菌の一種であり、酸に強いため胃液からも培養される 結核は「発症した状態」であり、生きた結核菌が体内に潜んでいる状態(いわゆる潜在性結核)と区別することが大切 最初に結核菌に感染する場合、多くは無症状
その後、潜んでいた結核菌感染症が表面化・再発して結核となるのが典型的
結核菌に一度感染したら、症状がなくても体内には結核菌が生存しており、治療や予防投与を受けなければ、将来結核を発症する可能性がある
結核菌が潜んでいる患者の10%が、一生のうちに結核を発症する
結核は全身の様々な部位に病変を作る
長引く咳ににより発見されたる
胸部レントゲンで肺に粟粒影(1~2mmの粒)の多発を認める
粟粒結核は不明熱の代表的な原因であり、診断が遅れると死に至る 2. 結核の歴史
結核の歴史は古い
紀元前2700年の中国の書物に結核と思われる記述がある
源氏物語に登場する光源氏の最愛の妻、紫の上は肺結核で亡くなったとされている 1950年代には多剤併用療法が確立し、結核は撲滅可能な病気になったかと思われた その歴史も長いことから、結核には実に様々な呼び名がある
「結核=不治の病」というイメージが合った時代には、患者本人には「肺浸潤」や「肋膜」と告げられたこともあった 現代において胃がん患者に「胃潰瘍」とだけ伝えるような感覚
このため、患者の既往歴を尋ねても「結核はやっていません。配浸潤はしました」と告げられる事があり、注意が必要 結核は、今なお発展途上国に置いて最も対応が必要な感染症の一つ 世界の人口の3分の1にあたる20億人に結核菌が潜伏しているとされる
世界中で、年間180万人もが結核で命を落としているという現実がある
3. 診断
日本は先進国の中でも、まだ欠格の発生頻度が高い国である
2週間以上の咳嗽を認める患者では、常に結核を鑑別診断にあげて考えなければならない また、特に下記のいずれかに当てはまる場合は、結核を疑うべきだとされている
軽快と悪化を繰り返す肺病変
通常の抗菌薬による治療に反応しない肺病変
悪化も改善もしない(動かない)肺病変
細菌感染症はウイルス感染症に比較し致死率が高く、抗菌薬の効果が望めるから
これらのウイルス感染症や細菌感染症は、発生から数日で外来を初診することが多く、いわゆる「急性」の発症 これに反して悪性腫瘍の場合は「3ヶ月前から食欲が減って体重が減少した」等、数ヶ月単位での「慢性」の経過を取ることが多い 結核の場合、中間の「3週間前からの発熱と咳」等の数週間単位の症状の患者が多く、「亜急性」の症状と呼ばれる しかしながら、2週間以上続く咳の患者の場合、結核の可能性があるため胸部レントゲン検査は必須
もちろん、結核患者の症状はバリエーションが豊富であり、「一昨日からの咳」や「半年前からの熱」で受診することがないわけではない
外来に結核疑いの患者が受診した場合、最初に大切なのは、感染性のある開放性結核か否か 開放性結核の場合は後述の空気感染を防ぐため、厳重な対応が必要になる 細菌性の肺炎だと思っても、抗酸菌塗抹検査の結果が出るまで一般病床には入院させない、という考え方もある ニューキノロン系抗菌薬は最も新しい抗菌薬の一つで、多くの好気性菌に効果があり、「何にでも効く抗菌薬」としてわが国で乱用されている しかし、結核にも中途半端に効いてしまうのが大きな欠点
このため、肺炎として治療され一時的に症状が改善した患者が実は結核であり、結果として発見が遅れたという問題が多発している
一般的に新しい抗菌薬は高額であるため医師から処方される事が多いが、広く効くということは必ずしも望ましいことではない
4. 検査
4-1. 肺結核に関して行われる検査
活動性の肺結核患者の多くは、胸部レントゲン検査で異常影を認める
これは症状がない場合でも同様
胸部レントゲン検査が正常で、CT検査が必要になることはまれ 結核では肺尖部の浸潤影と空洞形成が有名であるが、必ずしも典型的なレントゲン像を取らない 逆に「この所見は結核ではない」といえる初見はない
大切なのは、結核の最終診断はレントゲン検査ではなく、後述の塗抹検査・培養検査で行われるということ 喀痰の抗酸菌検査は、一般に3日連続で採取され、戸松で抗酸菌が確認できた日があれば、その時点で検体採取を終了する
あるいは入眠中に嚥下した喀痰を狙い、朝に胃液を採取して検査に提出する
PCR法は優れた遺伝子同定検査であるが、結核における感度(患者を見つけ出す力)は高くない つまり、陰性であっても結核を否定できない
高額の検査であり、頻回に行うことは避けなくてはならない
塗抹、培養、PCR法のうち、最も感度が高いのは培養であるが、結核菌は発育が緩慢であるため、現在の培養システムでも「陰性」と判断するのに最低6週間が必要
塗抹やPCR法が陰性でも、培養の最終結果が判明するまでは結核は否定できない
ただし、塗抹検査が陰性であれば、周囲への感染性は低いと考えられる
各施設の感染対策責任部署と相談し、専用の喀痰採取ブースを設ける、あるいは換気条件を確認した部屋等の準備をすると良い
4-2. 肺外結核に関して行われる検査
検査方法は呼吸器系結核と同様であるが、検体採取法が異なる
消化器結核を疑う場合には、便の塗抹、培養およびPCR検査は極めて感度が悪いため、下部消化管内視鏡で病変の組織を採取し、組織を検査に供する必要がある 粟粒結核や多臓器の結核感染症を疑う場合には、「血流感染」であることを証明するために、感染臓器の組織や骨髄液を採取して検査を行い、特殊な容器を用いて血液培養を採取する 4-3. ガフキー号数
抗酸菌塗抹検査の結果は、標本中の菌数により「ガフキー3号」のようにガフキー号数で表現されていた しかし、喀痰の採取部位や検査時の手技による変動が大きいため、細分化の意味がないとの意見がある
このため、日本結核病学会の新結核検査指針では、単純に0~3+に分けた記載法が推奨されている
ただし、現在も日本の臨床現場の多くではガフキー号数が使用されている
長年結核感染のスクリーニングとして用いられてきた検査
結核菌から抽出した抗原を皮内に注射し、皮膚反応の程度により結核菌感染の有無を判定する ただし、過去の結核感染(無症状のものも含む)や非結核性抗酸菌感染症、またBCG接種の既往があると陽性になり得るため、1回のみの検査で陽性となっても、活動性の結核が存在しているかどうかは判断できない 4-5. クォンティフェロン(QFT)検査
利用法はツベルクリンと同様であるが、BCGに対しては反応しないため、過去のBCG接種に結果が左右されない
しかし、過去の結核感染(無症状のものも含む)や一部の非結核性抗酸菌感染症の既往があると陽性になるため、活動性結核の有無については、やはり判定できない
患者血中のリンパ球を分離して結核菌の抗原成分と反応させ、リンパ球から産生されるサイトカインを測定する このため新鮮な血液が必要であり、採血から検査開始までの時間に制限がある
院内で検査が実施できる施設は未だ少なく、外部の検査施設に委託する場合が多いため、検査結果が判明するのに時間がかかる
5. 治療
5-1. 治療の基本
薬剤に対する耐性化を避けるため、結核の治療は必ず複数の薬剤を併用する
通常で6ヶ月間、初見によっては9ヶ月間という長期にわたって内服を行う
長期の内服アドヒアランスを維持する意味からも、1日1回のみ内服投与が用いられることが多い 治療の効果判定で最重要なのは、塗抹・培養検査での陰性化
5-2. 初期悪化
結核の治療を開始したのちに、一時的に臨床症状(発熱・リンパ節腫脹)や胸部レントゲン初見が増悪することがある 治療が効いてる証拠でもある
治療の失敗や薬剤の副作用の熱と間違えて、すぐに内服薬を変更しないことが必要
抗結核菌は長期の内服が必要であり、副作用も少ないため、患者が完全に服用することが難しい
しかし、中途半端な服用は患者本人の治療の失敗だけでなく、耐性菌を誘導するため、世界的な問題を引き起こしている
このため、医療従事者等が毎日内服を確認することが行われており、これをDOTと呼んでいる 患者が毎日外来に来る場合や、医療従事者が自宅に訪問する方法等がある
5-4. 薬剤耐性菌
国際的な統計では結核菌の20%
国際的な統計では結核菌の3%
6. 感染対策
6-1. 標準予防策 & 6-2. 感染経路別予防策
感染対策
すべての患者に適応される
「目に見える血液・体液・排泄物等に触れる場合に実施する対策のこと」
汗以外の体液・血液・粘膜・傷のある皮膚は感染症のおそれがあるとする考え方
基本
手袋、マスク、プラスチックエプロン、ガウン、必要に応じてゴーグルやフェイスシールドを用いる
特に必要な感染症の場合に追加される
感染伝播の種類で大別し、それぞれに対応した感染症予防策が必要となる
最も大切なのは空気の流れを管理する必要があるかないか
空気のコントロールが必要
空気感染
主に結核・麻疹・水痘によって起こる
もし疑いがあれば、直ちに陰圧室での固執管理や適切な医療機関への転送等が必要となる 空気のコントロールが不要
飛沫感染
咳やくしゃみで伝播する感染で、風疹やインフルエンザ、流行性耳下腺炎等が挙げられる
患者間の距離が十分であればカーテンでの遮蔽でも伝播が防げる
接触感染
手指のアルコール消毒、手袋やプラスチックエプロンの着用、医療器具の専用化等を行う 個室収容は必須ではない
6-3. 結核とマスク
「患者に肺結核の疑いがあるので、N95マスクをしてもらったほうがよいか」という質問を受けることがある 結核の感染経路は「空気感染」であるが、N95マスクをすべきなのは患者ではなく医療従事者
「空気感染」は直径5μm以上の「飛沫」が空中で直径5μm以下の「飛沫核」となり、空中を長時間漂うために引き起こされる よって、上気道からの「飛沫」拡散防止が重要なポイント
「飛沫」が飛ばないようにするには患者のサージカル・マスク着用が有効で、「飛沫」がなければ「飛沫核」も生じないので、結核疑いの患者においても、感染対策の第一ステップはサージカル・マスクを着用させること 一方、肺結核疑いの患者を診療する医療従事者は「飛沫核」を吸入しないようにN95マスクを着用しなくてはならない
N95規格
米国国立労働安全衛生研究所の基準に合致したマスク
Nは耐油性能がないこと、95は95%以上の粒子をブロックできることを表している
N95マスクを装着して活動するのは大変苦しいもの
しかし、顔に密着させておくことが大切であり、使用の前にはフィットテストやトレーニングが必要
このことからも、非医療従事者が使用すべきものではない
特に救急外来等で気管挿管をする場合には、適切な換気と医療従事者のN95マスクの装着が必要になる 7. その他のトピックス
7-1. 非結核性抗酸菌症
結核と非結核性抗酸菌症は下記の違いがあり、臨床的に区別することが重要
結核はヒト-ヒト感染を起こすが、非結核性抗酸菌症では起こさない
結核は健常人でも罹患するが、非結核性抗酸菌症は主に高齢者や免疫不全者に認められる 結核は急激に増悪することも多く、全例で速やかな治療が必要であるが、非結核性抗酸菌症は穏やかな経過が多く、治療を要しない症例もある
非結核性抗酸菌は種類により様々な薬剤耐性パターンを持ち、治療薬の選択が難しい
結核では治療開始後、速やかに改善することが多いが、非結核性抗酸菌症では治療後も不変であったり、増悪するケースも少なくない
7-2. 結核とHIV感染症
潜在性欠格のある免疫正常者が結核を発症する割合は生涯に10%であるが、HIV感染者は年間10%の割合で発症する
HIV感染症により免疫が悪化した患者では、典型的な肺結核像を取らないため診断が難しい
つまり、欠格の特徴である空洞病変を認めずに浸潤影を示したり、肺外結核を発症する例が多い
肺外結核の頻度は免疫正常者の約2倍
結核を見逃したままHIV感染症を治療すると、回復した免疫と潜んでいた結核菌とが激しい戦いになることがある
この場合、発熱や胸部初見の増悪を認め、ときに致死的
この状態は「免疫再構築症候群」と呼ばれ、これを避けるためにHIVの治療に先んじて抗結核薬による治療を行う 7-3. 結核と腎不全
しかし、体重減少・倦怠感は腎不全自体でも認めることから、診断が遅れがち また、HIV感染症に合併した結核と同様に、肺外結核を呈することが多いことも診断を難しくしている
ある報告では、診断までの期間の中央値が2ヶ月と長期だった